2022年12月28日

works 160


住む。81号 津端修一英子邸 大森ロッヂ
 季刊「住む。」81号・2022


写真家中嶋大助ツバクロ
写真家中嶋大助ツバクロ
写真家中嶋大助ツバクロ
写真家中嶋大助ツバクロ
写真家中嶋大助ツバクロ


写真家中嶋大助ツバクロ
写真家中嶋大助ツバクロ
写真家中嶋大助ツバクロ
 「畑と雑木林を育む家。」津端修一自邸(p18-27)
 「借家に住む、集まって住む。」大森ロッヂ(p42-47)


再録の二本。
・津端邸/2010年撮影
・大森ロッヂ/2012年撮影
「住む。」創刊20年、過去記事からのベストチョイス集。

創刊編集長山田さんとの協働、誠実な現場が懐かしい。
こうやってむかしの写真を見直してみると、
ファインダーが、今と少し違った捉え方に見えてきて、面白い。
このころは仕上げの調子について、探究に次ぐ探究、熟考に次ぐ熟考の日々。
想定の倍以上、時間を掛けることもしばしば。
そのせいか、細部の記憶がやけに鮮明。
取材先の方々と交わした何気ない言葉と共に、心の持ちようも鮮やかに思い出される。

津端修一さん・英子さん夫妻。
お二人に会った時、
何故だかほとんど言葉を失ってしまった。

「普段」を崩さない、構えの無さに茶目っ気たっぷりの笑顔。
撮影させてもらいながら、
気楽な会話の向こう側に見える、抜かりない住居の細部。
そこかしこに見えてくる様々なものの殆どが、
ご夫婦自らの手で作り上げたもので、
時を経て、より使いやすく手が加えられており、
全く何気ないんだけれどその質量が、あまりにも過激。
よく「アートの暮らし」みたいな薄っぺらい言葉を吐きがちだけれど、
それって、お二人の前ではペラペラの偽善に聞こえてくる。
表現の極北というか、生き抜くことの術というか道というか。

その後、津端さんご夫妻はメディアに発見され、
「ほっこり」的に消費され、
大らかなご本人たちはそれを、さして気にもされていないご様子でしたが、
ボクからしたら「ほっこり」なんてとんでもない。
ある意味畏怖するほどの、強靭な、意志と行動の人たちであった。

現場で終始、コッチが勝手に圧倒されていたせいか(?)、
後日、1カットのためだけに再訪・追撮となったのも思い出深い、
異次元かつ強烈に土着な、撮影体験。
いつかどこかで、
このときの写真を、多くの未公開カット含め、
改めて何らかの形で公開できたら良いなあ、とぼんやり思う。

冬になると、英子さん手製のあたたかい毛糸の靴下を取り出し、
あの家を思い出す。
ご冥福をお祈りいたします。